田中莉菜RINA TANAKA
誰かに消費してもらうためのものをつくることには興味が湧かないんです。

鈴木:美大に行こうと思ったきっかけを教えてください。
田中:テレビとか映画、メディアに興味があって、社会学部の大学に進学しようと思っていました。ただ、中高生の間に模擬会社の設立、商品開発のプレゼンから販売までをさせてもらったり、大人の人の仕事を掻い摘んだ経験をたくさんさせてもらって、このまま社会学部に進んだら同じことの繰り返しになるなと、もっと多角的にメディアを勉強したいと思って空デに進学しました。美大を選んだというよりも空デを選んだという感覚だったと思います。
鈴木:美大よりは、空デって言ってましたが、絵を描くのが好きだったとかそういうことではないのですか?
田中:ものをつくることに興味はありますし、好きです。でも、誰かに消費してもらうためのものをつくることには興味が湧かないんです。たとえば誰かに使ってもらうためのプロダクトとしてのデザインとか、それもとても大切なことで必要なことであることはもちろんわかっているんですが、どうしても。うまく言えないし、誤解があるかもしれないんですけど、空デは消費されてしまうようなデザインとはすこしだけ距離があって、自分の生活をデザインしていくようなイメージがあり、そこがポイントになりました。私は中高の6年間、写真部に在籍していて。小学生の時にキンシコウ(西遊記のモデルの猿)に一目惚れしたのがきっかけで、キンシコウを撮りたい一心で動物園に足を運んでいた記憶があります。写真に残すための機械と方法を得たのもこの時でした。
上條:そのときは動物以外も撮っていたの?
田中:写真を撮るのがとにかく楽しくて、いろんな写真家の写真を見て猿真似みたいなこととかもしてましたね。中学生の頃は、彩度の高い写真ばっかり撮ってて、マーティン・パー(イギリス出身マグナム・フォトのメンバー)を勧められて。そこからいろんな作品を見るようになりました。トレーシー・エミンの作品にもすごく刺激を受けました。何かの本で『My Bed』というインスタレーションを見た時に、”写真だ”と思って衝撃を受けた記憶があります。過激で刺激的な言葉と方法を使ってプライベートを表現した作品のイメージが大きいけど、私には彼女が“ここにいることの証 明”を繊細に残しているように見えたんです。私は、ずっと自分の居場所というものにコンプレックスがあって。でも、トレーシー・エミンの作品を見ると、「ここにいていいよ」と語りかけてくれてるようで、ほっとした感覚があります。
《記録 2017.5.27-2017.5.31》2017
鈴木:今現在、田中さんが、美大という場所で学ぶ上で一番のテーマになりそうなことは自身が持っているコンプレックスになるのですか?
田中:1、2年生の頃はみんなと同じ課題をこなしていて、自分と向き合う時間が少なかったんですが、3年生でファッションコースを選択して、自分と向き合う中、その人の気配をどう残すかについて考えていた時間でした。それは、”自分がどこにいるか”を残すことに近いのかなと。今思うと、そのときの興味の矛先は無意識だったと思うんですけど、コンプレックスの部分が大きく影響しているって、自分がここにいるという印を探していた感覚でした。第一の問題かどうかはまだわからないけど、根底になってる部分かなとは感じています。
上條:それも含めて田中さんのアイデンティティ。そこにしっくりきてないから何か表現する方向に向かっていると思うので、”わたし”をどうやって表現していくか、自分のアイデンティティにどう向き合っていくのか。それはコンプレックスを曝け出せというわけではなく、ひとつ作品制作のヒントになるかもしれません。興味の矛先がいくつかある時に自分がやらねばならないという必然性でアイデアが絞られていくと思います。
鈴木:田中さんのやろうとしていることは一貫して繋がっているようにも感じました。たとえば写真家の作品は、純粋に美しかったり、イメージとして鮮烈だったり、結果的に洗練されているところがあって、でも実は作品を生み出す動機や意味とは少しちがうところにあるのかもしれない。その人たちは、どんな対象であろうと「何か」を感じさせるメディアを後から見つけることができたのだと思う。誰も見たことがないビジュアルがでてきた時に逆に意味が照射される感じがあって。それはうまく撮れる技術ではなくて、“方法を編み出す”ということだと思う。自分にとってのメディアを発見することができて、田中さんの伝えたいことがはじめて伝わってくることもあるのかなと。
田中:自分がアウトプットしたものを誰かに伝えるときに、どこかコンプレックスを見えないようにしている自分がいて、今、自分と作品に距離があるって自覚してます。アウトプットと伝えることの間に向き合う作業が必要なのかなと。
上條:確かに。もう一歩踏み出して、自分の内面と深く向き合うのはすごく大事なことだと思う。それが作品というメタファーを通じて、人に伝わっていくから。
鈴木:それには結構な覚悟が要りますね。
田中:はい。向き合うことで、すこしずつ作品と自分の距離感を縮めたり探っていきたいです。