山重実有子MIAKO YAMASHIGE
誰かにではなく自分に向けて作品をつくれた課題だと思います。
上條:いつから美大を意識し始めましたか?
山重:中学生の時に親の勧めで通い始めたお絵描き教室を高校に入っても続けていたら美大を受験するというところにだんだんと道が狭まっていきました。
上條:いろんな学科がある中で空デに入学した理由は何ですか?
山重:高校生の時に下平千夏さんというアーティストの方の作品を見る機会があって、下平さんの作った輪ゴムのインスタレーションに衝撃を受けたからです。美大に入って何かやるならこういうものが作りたいなと思って空デを受験しました。
上條:実際入ってみてどうでしたか?
山重:まずは周りとの意識の差というか、明確な目標ややりたいことがあって入ってきた人が多くて圧倒されてしまいました。課題の制作でも完成した作品しか見たことがなかったので、途方もなく先も見えない作業に戸惑いました。
鈴木:美大にはものを作ったり絵を描いたりすることが好きな人が多いと思いますが、そういう環境に入って意識は変わりましたか?
山重:もともとあまり関心がなかったからかアートの世界というか美術の世界を第三者の目線で見ていて、今でも何か大きく意識が変わったということはないと思います。
鈴木:三年間やってきて関わりたい分野など何か見えてきたものはありますか?
山重:身近すぎて見逃している何かを作品に落とし込むというものに興味があります。私は誰かの作品を観ても私にはわからない世界のものだと思ってしまって作品から何か感じ取ろうと思うこともあまり無いのですけど、見落としてしまうくらい身近なものを題材としている作品を見ると、何かを感じ取ろうと思う前に感じさせられてしまうと思うんです。自分のようにアートを未知の世界と捉えてる人になにか感じさせることをしたいと今は考えています。
上條:三年間課題をやってきて楽しかったことはありますか?
山重:一年生の時に”椅子だけど椅子ではない”という用途のものを作る課題があったのですが、そこではじめて普段何気なく使っている椅子というものに目をむけました。プロダクトとして作られた椅子はもちろん名前の通り椅子なんですけど、椅子の機能であったり椅子という言葉であったりするものを追求してみると様々な”椅子”が見えてきました。普段身近でありながら考えさせられることのないものを考える機会が得られて楽しかったです。
上條:鈴木ゼミを専攻したのは何故ですか。
山重:今まで何かを作品から感じとろうとすることもあまりなかった中で、人の身近なものに寄り添っている鈴木さんの作品に、感じさせられるものがあったからです。見た人に感じさせるくらい人に寄り添った作品を作るに至る考え方や感性を知りたいと思ったからです。
鈴木:誰かが作ったものに興味を持てなかったというのはすごく正直な意見ですね。美大生だったら興味を持てない美術やデザインにも興味を待たなければいけないんじゃないかと思うはずなのに。ZINEの課題では弓道を題材にして作っていましたが、どうでしたか?
山重:最初はそれこそ身近な何かに寄り添った感覚的なものをまとめたZINEを作ろうと思っていて、ずっと”身近な面白い何か”を探して考えていました。面白いものを人に見せようと思って格好をつけてたんです。でも、授業内で話を聞いた際にもっと単純に好きなもので良いんだと思い、ただ好きでやっていた弓道の好きなところをピックアップしたZINEにしました。誰かにではなく自分に向けて作品をつくれた課題だと思います。
上條:誰かに見せることを前提としておらず、山重さんの好きな弓道の本質的な部分が伝わってきて、弓道を知らない私たちでも面白いと思えました。
鈴木:作品をつくるということは実はすごく不自然なところがあって、アートとして何かを形にするのではなく、つくるということを広く捉えた時に山重さんが何をするかということが大事になってくると思います。
山重:アートの世界に身を置いている人とはまた違う視点からのものづくりをやりたいというかやっていくのかなと漠然と考えています。
上條:山重さんが鈴木さんの作品に何か感じたものがあるように、アートの世界に属していない人たちが見てピンとくるものを作るっていうことなのかもしれないですね。
山重:そうですね。
鈴木:SAMPLINGの山重さんの”味の址”という牡蠣の殻を使った標本は、講評に来たゲストをはじめ、何人ものクリエーターが「何かいい」という感想を残していきました。
上條:あの作品はタイトルと作品を見てストンと腑に堕ちました。コンセプトだったり、アーティスト本人のことを知らなくても単純に楽しめるものでした。
山重:説明を求められてもすぐには答えられないものというか、言葉を介さずに感覚を落とし込んだものでした。今後やってみたいと思っている、「身近なものを作品にする」ということの第一歩だったのかなと思っています。
上條:まだまだ作品に落とし込める身近なものはたくさんあると思うから、どんどん作っていって欲しいし、それが溜まっていったらまた違うものが見えてきそうな気がします。