加藤ちづる×水野ひまわり 

自分にファッションは違うってわかってるけど、それで一度もやらないっていうのもすごい幅が狭まるかなって思ったからです。

水野:なぜ美大に入ったのですか?

加藤:高校3になったときに、もう学校に行くのをやめようと思った時がありました。でも実際は思うだけで学校にはちゃんと行ってたんだけど、6限に少人数でする美術の授業があって、その授業の先生がすごく好きで、それだけは行きたかったんです。その授業だけ行ったりもして他くらいです。もともとは美大に行くつもりは全然なかったけど、お母さんに美術の授業だけ行くなら美大に行けばと言われて、美大もありだなと思い、そこから高3の5月とかに予備校に通いだして美大に行くことを決めました。

水野:じゃあその先生の影響はすごく大きかったんですね!

加藤:すごく見た目は怖いけど、本当に自由な先生で、美術部の顧問なのに「じゃあ犬の散歩があるので帰ります」と言って帰るようなこともあったりして。そういう自由な先生もいていいんだと思って、すごく好きな先生です。今でも先生の個展を見に行ったりしてます。その先生は妖怪とかの油絵を描いたりしてます。

水野:主に先生の独特な雰囲気や、人柄から影響を受けたんですね!

水野:その経験以外にも、誰かのどの作品というよりかは、その時々で関わったり、出会ったきた人から影響を受けてきたんですか?

加藤:美大にいるのに言っていいのかわからないのですが、そこまで美術にこだわりはないかもしれないです。絵描くことは好きだったけど、身近だったわけでもなくて…中学も吹奏楽部に入っていました。

水野:絵を描くようになったきっかけは何ですか?

加藤:小学5年とかの風景画を描く授業でしたんですけど、うまく描かなきゃいけないと思ってしまい、水彩画の書き方の本とかを買ってきてそれを熟読してからその授業に臨んでいました。絵はうまく描かなきゃいけないみたいな思い込みみたいなものがあって、今でも人に見せるならうまく描かなきゃいけないと思ってしまうから、絵はあまり人に見せたくないんです。

水野:描いても見せないんですか?

加藤:はい、特に知ってる人にあまり見せたくないです、親とかにも…。恥ずかしいなと思ってしまいます。

水野:MY DESIGN HISTORYを書いてみてどうでしたか?

MY DESIGN HISTORY 加藤ちづる

加藤:ここに書いてある趣味ができるまでの記憶があまりなくて、小さい頃から興味があったものが絵以外思い出せないんです。今回改めて書いてみると思っていたよりも色々と出てきて、知らないうちに、だんだん自分のスペースって広がっていくんだと感じました。

上條:美術というものが自分の中でどういう存在になりましたか?

加藤:絵を描くのが好きだということだけでしたが、教職などの授業を受けていて、子供達の心情が絵を書くことでわかるということがあることを知りました。それにすごく興味が湧き、最近はそういう分野について本などから色々と調べています。

水野:では将来的にも子供とかと関わることにも興味があるんですか?

加藤:そうですね、美大に入る前は母が小学校の先生だったこともあり、最初は自分も小学校の先生に興味がありました。なので美術の先生の資格が取れる大学を探していたら、受験にはデッサンが必要だと言われて、デッサンを勉強するために予備校に通いだしました。そしたら予備校では周りはみんな美大を目指していて、通っているうちに自然にその影響を受けて、自分も目指すようになりました。なので最初は教職を取りたくて美大に入りました。

上條:そこから鈴木ゼミに入った理由はなんですか?

加藤:将来、子供たちに向けた授業を作るにあたって、他のゼミのように専門的なことを学ぶよりは、分野を問わずにでき、範囲の広い鈴木ゼミで学ぶことで、自分自身も自分の興味を見つける練習ができると思い鈴木ゼミに入りました。

水野:鈴木ゼミで自分のことが探したくて来たんですね。

水野:なぜ絵を描く学科ではなく、空デにしたんですか?

加藤:空デはコースが色々あるので、入ってから色々体験し、それから選ぶことができそうだったからです。

上條:卒制で何かしたいですか?そしてその先のイメージはありますか?

加藤:一度海外の子供と接してみたかったので、この間の夏休みにカンボジアの小学校で運動会を開催をするイベントに参加しました。美大生は私しかいなかったので、休み時間に似顔絵を書いてプレゼントしたら、その小学校は美術の授業がないからか珍しかったみたいで、子供達が集まってくれたんです。その瞬間、言葉はなくてもいいんだ!と思い、その感覚がすごく面白いなと感じました。将来海外で活動をするなどとは今は考えていませんが、学生のうちにこんな経験ができてよかったです。

水野:その経験を踏まえて、この先も何か子どもと関わることがしてみたいですか?

加藤:この先、定年まで働くことを想像してみると、子供と関わる仕事が一番続けられるように思います。母の影響もあり、それが一番しっくりくるような気がするので!

上條:では、加藤さんは水野さんのMY DESIGN HISTORYを見てどう思った?

MY DESIGN HISTORY 水野ひまわり

加藤:私から見るとなんか、美術?アート?がすごい好きなんだなって思います。私の興味ないところにもすごい興味を持ってる……「3が好き」っていうのとか!

水野:そう、3が好きです。子供の時からプールでは絶対3レーンを泳いだりしてました。

加藤:丸っこさ?

水野:3っていう形が好きなんですよね。

加藤:ひまさんは目から入るものや、ビジュアルから好きになるのかなあ。

上條:(MY DESIGN HISTORYに書いてあるものは)いつ頃好きだったものなの?

水野:小さい頃からですね。時系列は特に関係なくて、好きなものはずっと好きだし始まりも終わりもないです。泥だんごとかも今も好きです。

加藤:水野さんは、幼稚園の時とか何で遊んでたんですか?

水野:小さい頃の方がやばくて、そんなに今でも多数の人と喋るのがすごく得意ってわけじゃないけど、小さい頃は意思をまったく表に出さないし、感情も親以外にはあまり出せないくらいに人見知りがやばくて……みんなに信じてもらえないけど、本当にすごくて、今でも人見知りは残っているんですけど。だから自分の感情とか思ってることを出すのが、絵とか作ることで表現していて、自分の世界とかいうとかっこつけてる感じになっちゃうけど、泥だんごとかを黙々と一人で作ってるのが好きでした。

加藤:だから泥だんご職人なんですね!

水野:我ながらめちゃくちゃ上手くて!それをひたすら作ってました。それをダメだよっていう大人もきっと世の中にはいるけど、そういう人を寄せ付けない運みたいなものがあって、そういう感情とか感覚を潰されずにこれたのは周りに恵まれてたなと思います。だから美術とかアートとか、なんか作ったりすることに私の場合は物心ついた時からずっとそれが自分の主で。絵本とかもゴッホの絵が登場する絵本を読んでました。

加藤:おお~!

水野:なぜかゴッホは小さい頃から好きでした。

加藤:やっぱり色々見ることが好きでしたか?

水野:好きでした。母がもともとファッションデザインをしていて、お父さんも服飾専門学校に通ったこともあるくらいの洋服好きで、デザインというものがすごい身近にはあったように思います。その影響もあって、母には絵とか教えてもらったし、ピアノの発表会の時とかには素敵なオリジナルドレスを親に作ってもらったりしてました。

加藤:お~!いいですね!

水野:親の影響もあって、何かを作るとか、デザインということが私の中で一番かっこいいことだったから、それに対する内に秘めるやる気とか熱意とかは昔からありました。

上條:ご兄弟影響とかはあるのかな?の

水野:お兄ちゃんがいます。ひまわりという名前もつけてくれました。

加藤:ええ~かわいいですね!

水野:その頃4歳の兄に名付け親を任せるという結構自由な両親です。お兄ちゃんからの影響もすごくありますね。

加藤:お兄ちゃんもなんかデザイン系のことをしてるんですか?

水野:いえ、理系で全然違う分野なんですけど、すごく尊敬してます。小さい頃から1番憧れている人はお兄ちゃんかもしれないです。

上條:なんの研究をしているの?

水野:兄は大学院で、すごく簡潔に言うと人間の研究です。私は全然わかんないんですけど、体に悪いものや、化粧品に入ってる成分とかもそうだけど、そういうのを研究してて、それを聞くのも結構面白くて、話していると楽しいです。

加藤:ええ~、なんか、家族がすごいですね…。

水野:一つ忘れられない思い出があって、小学生の頃すごくもやもやして悩んでいたことがあったんですけど、一時期、尊敬してる分お兄ちゃんに劣等感があった時期があったっんです。すごい大好きだから余計なんですけど。なんでこんなに違うんだろ、ダメだなー自分とか思ってしまっていて。それで急に泣いちゃったりとかもしてました。でもお兄ちゃんがその時に、「ひまわりは自分よりも絵とか書けるし色々な物を作れるんだよ」って言ってくれて、そこで自分にも得意なものがちゃんとあるんだって思えました。「でもお兄ちゃんは頭いいし賢いし。なんでもできるからいいね」って言ったら「もし周りから見て僕が秀才という枠にいるなら、ひまわりは天才なんだよ」っていうことを言ってくれて、それがきっかけで自分は美術や面白いものが作ることをもっと頑張ろうと思いました。ずっとやってたのに自分自身で、自分の強みにみたいなことに気づけていなくて、お兄ちゃんに言われてから気づけてそこから本気になろうと思えました。

加藤:絵に描いたようなお兄ちゃん……。

水野:本当に助けられた感じはあります。忘れられないです。

加藤:お母さんがファッションデザイナーだったと聞いて、ファッション系に進むのかと思っていたけど、鈴木ゼミを選んだ理由は何ですか?

水野:憧れもあるし洋服もすごい好きだけど、作るっていうことに全く興味がなくて、ファッションも見たいし着たいけど、作りたくないんです。でもあえて三年生の時のマウコレクションの授業はとりました。一度やってみて確認したかったからです。自分にファッションは違うってわかってるけど、それで一度もやらないっていうのもすごい幅が狭まるかなって思ったからです。

加藤:最後でしたからね!もうすぐ卒業だけど、そのあとどうするとかって決めてあるんですか?

水野:卒業したら大学院に行こうと思ってて、とりあえず一番近い将来だと。その大学院に行く理由としては、学生のうちに色々やってることがあって、そしてこれからやりたいこともあります。あと学生という立場がいい意味で利用できることが多くて、学生のうちにやらなきゃいけないっていうことも多いんです。でも、これから1年半じゃ間に合わないと感じて。そこで大学院に行きたいという思いに繋がりました。色々したいことを成し遂げないで、これもやりたいあれもやりたいを残したまま就職してしまったら、確実に後悔するなと思いました。お兄ちゃんも大学院に行ってるので身近でもあるし、両親もいいよって言ってくれたので、まだまだ学生として個人として活動していきたいです。

加藤:大学院に行こうっていうのは最近思ったんですか?

水野:ずっと考えていましたが、決めたのは最近です。ずっと就職にも普通に興味があって、人生経験として大企業とかに入ってみたいとかって思っていました。でも学生が4年じゃ足りなかったっていうか、学生じゃないとできないことが自分の中で見えたから、いい意味で大学院を利用したいと思ってます。そのあとはフリーなのか、会社に入るかとか、今の所どっちでもいいけど、今関わっている、地域の人、東京っていうサイクルにいない人との関係や、活動は続けていきたいです。東京にいて思うのは色んな人が色々なところで繋がっていて…それが面白い!って感じる時と、すごい窮屈と思う瞬間があるんです。地方に行くと絶対に出会わないようなおばあちゃんとか、食堂のおっちゃんとかに出会えるのがめちゃくちゃ開放感があって、地方にはまだまだたくさん問題があって、その問題にデザインを繋げることに興味があるので、その中で自分ができることを仕事にできたらいいなって思ってるんです。そんな活動と個人のデザイナーとしての仕事もしていきたいと思ってます。

加藤:この場所で働きたいとかいうのは全くないんですか?

水野:中3の時にリバースプロジェクという会社で働きたいって思って、会社にメールを「興味があるのでお話聞かせてください!」と送って、あの時の自分は怖いもの知らずでしたね。興味あるときは興味ありますって言いたい性格で。そのときくらいから多分自分の意思を出すことを大切にしてきたんだけど、メールに会社の人がちゃんとお返事をくれて、関西でこういうイベントがあるからおいでと言ってくれて、そこでいきなりその会社の人に出会えたんです。社会課題とデザインの関わりに対して本気で動いている人たちがここにいることを知って。自分が何のためにデザインをしたりアートをしたりするのかっていう疑問がこの人たちと出会って自分もそのためにしたいと思いました。ここに入りたいって思ったけど、今は入ることが全てじゃないなって思ってます。自分自身が力をつけないとここにいても何も力になれないから、まずは色々な経験や技術を身に付けたいです。

加藤:でも相当ここは大きいですよね。

水野:相当大きいと思います。その会社の方々は皆さんすごくパワーがあって、知識量もアイディアも感覚も鋭いんです。中3のときに出会えたことはある意味すごく衝撃的で、そこから色々な活動をされている方々と関わりだしたかなと思いますね。

加藤:島根っていうワードを授業のときや話の中で、よく聞きますけど、それは何かおじいちゃんとかがいるわけじゃないんですか?

水野:東京にいる知り合いが島根の川本町で地域おこし協力隊という制度で移住して、そこでその方とアートに関わるイベントを開催しています。すごくいいところで大好きな場所です。これからもこの街でどんなことができるかを考えながら、街の方々と楽しく続けたいと思っています。