藤田知穂CHIHO FUJITA
見せられて驚きを感じることよりも、たまたまの拍子で起こったことが人間にとって一番驚きを感じると思いました。

上條:まずは、鈴木ゼミを選んだ理由を教えてください。
藤田:そうですね。今までセノグラフィでは見る人を驚かせる、日常を非日常に変えることを考えて製作してきました。ですが、作品を制作するにあたり、ビジュアルだけでなく、思考やコンセプトを通して人間の感覚や感情を変えるような作品を作りたいと思うようになりました。
鈴木:それはセンスを頼りにするのではなくて、じっくり考えた上で作品を作りたいということ?
藤田:そうですね。自分自身も掘り下げたいですし、作品だけではなく、作品の周辺にある言葉や背景を知ることで、また違った作品の見え方をするようなものを作りたいです。
鈴木:なるほど。そういう思考の部分をうちのゼミで学びたいということですね。
藤田:はい。以前、実在実習という課題で、「穴」をテーマに作品を作ったことがあって。三つの穴で行われるパフォーマンスを、お客さんが穴を移動しながら見るというエンターテイメント空間を作りました。その時に、鈴木さんが「たまたま床に落ちていた顔型につまずいた時が一番驚いた」とおっしゃられて、それが忘れられませんでした。私も、見せられて驚きを感じることよりも、たまたまの拍子で起こったことが人間にとって一番驚きを感じると思いました。

鈴木:はい。
藤田:なので、見た人が最後にどんな感情になるか、作品によってその後の世界の見え方がどう変わるかをもっと考えたいと思いましたし、自分の中でも日常の見え方を変えていきたいと思って鈴木ゼミに入りました。
鈴木:藤田さんはこれまでどういう作品を作ってきましたか?
藤田:私は最近だと、音や記憶によって感情を動かすものが作りたいと思って、たゆたう船の楽器を作りました。それは、自動で動くことで海の音がする楽器なのですが、そこに置かれるだけで海の記憶や思い出を蘇らせる、音によって日常の空間を変えるものを製作しました。
上條:音に興味があるのって、小さい頃からそういうことに敏感だったとか、音楽をやっていたとか。理由があるのですか?
藤田:そうですね。幼稚園の頃からピアノを習っていて、小学校ではずっとコーラスをしていました。そのコーラス部が体育会系で凄く厳しくて、6年生の時、NHKの全国大会に出ました。
上條:すごいですね。
藤田:中学校では吹奏楽でサックスを弾いていて、音楽が大好きでした。
上條:なるほど。でも、音楽を学ぶという方向には進もうとは思わなかったのですね。
藤田:はい。音楽というよりも、音楽が作り出す空間とか世界に魅力を感じていました。小さい頃からミュージカルが好きで、音が作る迫力と世界観の美しさと両方に惹かれていたこともあります。
上條:音というか音響とかそういう感じなのかな?
鈴木:自分が歌うということは、自分自身が楽器になるということ。作品としてものを作ると、直接的ではなくて自分の代わりに物が語るとも言えるし、自分の身代わりと他者との出会いを目撃すること。藤田さんの立ち位置がシフトしたんですね。
藤田:1年生の時は、パフォーマンスの中で歌っていました。それが音と踊る人との空間を作り出していて、生の強さはあったのですが、その一瞬は残せなくて、物で表現したいと思うようになりました。
上條:なるほど。音だけの作品を作るアーティストもたくさんいますよね。
鈴木:ライブに行くとミュージシャンが空間を変える力はすごいなって思います。人との媒介となるものの理想形というか。
藤田:はい。
鈴木:それに比べると僕のやっていることもそうですが、生活の中のささやかな瞬間にこそ変化をもたらすというか、劇場という特別な場所ではなくて、その人の時間、空間で起こることに着目しているような気がします。
藤田:そうですね。今私は、水が滴って落ちてくる音と聴く人にとってそれぞれ感じる時間の違いに注目していて、その時たまたま鈴木さんの以前の水の波紋が切り株になっている作品を見て、私の考えはまだ現象に過ぎなかったなと思いました。
鈴木:波紋が年輪に見えるという発見があったことで作品が生まれ、それから9年経って今ようやく波紋のリズムそのものに着目し始めているんです。作家によって入口が違うだけです。藤田さんは水滴が落ちることそのものに何かを感じているのであれば、そちらの方が先をいっているのかもしれない。それを対象化するための方法が音や言葉かもしれないけれど、表現方法を探求すると同時に、自分が今感じていることそのものを大事にしてほしいです。
上條:あと、その自分が心動かされる音がどういう瞬間に起こるのか、水滴一滴にどれだけ感情が動かされるかを、音の体験だけじゃなくて、もう少し広げて考えていけたらいいのでは。
藤田:なるほど。
上條:やり方によっては何かの物語かもしれないし、日常を切り取るインスタレーションかもしれない。音もあって、視覚化もできて、日常から発して、ということだとまだまだ出来そうな気がする。すごく繊細なものを作るんだったらそれに気づく気持ちを作ってから空間に入る道のりを作ることも大事だったりするでしょうし。
鈴木:空デは他の学科に比べて、人に見せるときに時間軸があったり、人間が介在するパフォーマンス的な展開も身近ですしね。
藤田:うんうん。確かにそうですね。
上條:そして、自分にとっての音とは何か、感情が動かされる瞬間は音だけじゃなくて他にどんなことがあるのか、考えを深めていくことが重要だと思います。
藤田:そうですね。感情が動かされる瞬間は音に限らず他にもまだまだあるので、その一瞬のときめきを一つひとつ大切にしたいです。そして、どうして感情が動かされるのか、どのようにしたら伝えることができるのかを考え、最終的には、この感情を音と空間に落とし込み、“それだけでいい”と思ってもらえるような空間を作り出したいです。