感覚の境界線を引く《東京》

感覚の境界線を引く《東京》

2020/11/19

初めまして!鈴木ゼミ8期生です。

今年の鈴木ゼミ生は、なんと総勢23人となっています!どうやら鈴木ゼミ史上、最多記録のようです。

様々な個性を持った23人の、多様な視点を活かしていきたいと思います。

これから一年半、よろしくお願いします。

さて、8期生の最初のワークショップは「感覚の境界線  を引く《東京》」です。

初日のワークショップでは、ゼミ生が「東京」という言葉からイメージした色鉛筆を持参し、そのイメージから自由に絵を描きました。

最終的に、ゼミ生が持ってきた色鉛筆は、2人1組で一本の色鉛筆に生まれ変わりました。

出来上がった色鉛筆たちがこちら↓

 

 

このワークショップでは、鈴木さんにかんなの使い方などを説明していただきつつ、色鉛筆を削って接着しました。

 

ちなみに、ゼミ生のみんなが東京からイメージして書いた絵はこちらです(一部)。描いた人のコメントと共に紹介します。

日本を代表する首都・東京というイメージから、伝統的な日本の色・朱を選びました。
国旗を連想して迷わず日の丸を書いたけど、記憶と照らし合わせるとどこか違和感…。今、東京から見える太陽って丸くないな、と思いました。ビルの隙間から覗く光を太陽だと認識している自分がいると気づきました。そのあと裏に描き直したのがこの写真の絵です。

国旗を考えた当時の人は、丸くて赤い太陽を見ていたのだろうなぁ。

「東京を連想する色」が、今と昔の太陽の見え方の違いを考えるきっかけにつながりました。

 

希望の溢れている街の様に見えて実際の東京は常に穴底と隣り合わせで居心地が悪くコンクリートの様に冷たく灰色の街になってはいないだろうか。
安心して眠れる場所は東京にあるのか。

 

「色鉛筆」と聞いた時、真っ先に子供の頃の記憶をたどりました。金色を使いたいけど12色セットの色鉛筆に金色は含まれていなくて、代わりに黄土色を薄く塗っていました。
田舎で生まれ育ったわたしは東京に憧れがありました。たくさん人がいて、いろいろなものがあって、時々しか足を運べない特別な街だと思っていたのです。そこは、欲しくても手元にない金色の色鉛筆のようでした。しかし、大学生になり実際東京に住んでみると思ったよりも特別な部分は少ないと感じました。東京も案外、もとより黄土色だったのかもしれません。

絵の中で、時間は左から右に流れています。
左半分は田舎で思い描いた東京という街、中央は実際に住んで感じる東京の街です。空白と塗りつぶした部分の境目は東京に対する見方が変わった瞬間です。

 

この街の著しい発展は、長い労働時間が支えてきた。
この街を彩る眩しい光は、社会人の残業によって演出されている。
この街に昼も夜もない。

ぼくは東京出身と言っても田舎の方の出身で、都会に訪れる度にその夜景に圧倒されます。
曇る渋谷を独り散歩していたときに見上げた、高層ビルを思い出して描きました。