8期生 Exhibition [_は_になる(かもしれない)]

2021/06/15

 

鈴木ゼミ8期生による展示・パフォーマンスを開催します。

「もの」は経験している。たとえば、だれかの家にある「電燈」は、毎晩そのひとの生活を照らしている。道にある三角コーンや、教室にある脚立も同様に。その層のようなものを「もの」は持っている。では、その層を解体し、経験や役割の輪郭をゆるやかに飛び越えられたなら。形態だけになったり、あるいは思い出だけになってなにかとおくのものと新たな関係を結ぶ。そうして全くの他者としての「モノ」に再編されたとき、そのための行為–見立て–はたしかに対話なのかもしれない。そのとき「もの」は受動する停滞から解き放たれ、わたしたちは「モノ」によって動かされるのかもしれない。

 他者との対話。それは皮膚で隔てられた「わからないもの」に注意深くなって、どうにか触れようとしてどうしようもなく「わからないこと」に直面するための行為。目のまえ立ち現れる他者をじぶんの身体に通過させてみては、奥深く潜ったり、溶け合えたようにおもったり、突き放されたりを繰り返し、結局ちがう風景を抱えた身体がそこにあり続けることの喜びのためにある。わたしの身体も同じようにそこにあって、だから向き合うことができる。じっとみることができる。層を差し出し、交換することができる。関係を結んだり、組み換えてみることができる。そうして新たな異層としてのじぶんに飛び立つとき、その喜びについての実践。

 今回のゼミ展は、1時間毎に展示の形態が変わっていく。流れている映像は、ある2人の人物が「経験してきた家や街」について話している。相手の語りを聞いたあと(この間メモをとってもいい)、5分程度のインターバルを経てその語りを身体に落とし、自分のこととして語ってもらう(このときメモをみてはいけない)。これを互いに行い合った記録だ。だれか/じぶんが身体の内側に抱える風景をじぶん/だれかの身体に思い浮かべてみること。そうして他者の身体によって翻訳された語りは、時に抜け落ち、拙く、しかし思いのほか整理されていたり、逆に想像が付着していたりする。その2人が実際に展示空間に現れ、床に並べられたものを介して対話を試みる。相手の動き(それによって表出したモノやその見立て)に引き起こされた動きの交換を繰り返す。「長いもの」として集め合っていたものが「流れるもの」に組み上がったり「自然物」になったり、2人の間で発生した見立てが連動した瞬間に弾け、変換されたりしながら、最初ただ床に並べられていたものたちがすべての輪郭を溶かし、ひとつの空間に再編されていく。そのときのわたしは「あなた」であり、「もの」であり、「空間」であり、「わたし」である(かもしれない)。

2021年6月17日(木)ー19日(土)12:00–17:00
各回15分程度 公演時間外は展示作品をご覧いただけます。
act 12:00 –/13:00 –/14:00 –/15:00 –/16:00–
*19日のみ16:00までとなります。

武蔵野美術大学 鷹の台キャンパス 9号館地下小展示室